国際自然保護連合(IUCN)の第2回世界自然保護会議で発表された「絶滅の恐れがある生物種のレッドリスト2000年度版」によれば、 地球上で5435種が絶滅の危機にあり、すでに絶滅しているか、トキのように野生では残っていない種も加えると6161種になるそうだ。その数は、ほ乳類全体の24%、鳥類全体の12%にも及んでいる。前 回の96年版と比べると、絶滅の恐れのあるほ乳類は1096種から1130種、鳥類は1107種から1183種へ増えた。しかも、未調査の種が多 く存在していることを考えればこの数字は最低ラインのものと考えられる。(毎日新聞2001年2月19日)
 このままでは、21世紀中にどれくらいの生物種が絶滅することになるのか悲観的にならざるを得ない。

「バイオ・パイラシー」〜生物資源の盗賊行為

 バイオパイラシーという言葉をご存知だろうか?生物資源の盗賊行為という意味のこの言葉は、「南」の国々やNGOの間で用いられて きた。
 一般的に「南」の国々は生物種が豊かで遺伝資源が豊富であるといわれている。その遺伝資源の豊富さは単に地理的・気候的条件から生み出されたものだけではなく、「南」の国の地域コミュニティーによ る長年にわたる保護や改良の結果であった。これらの遺伝資源はコミュニティーの共有財産として扱われ、特定の人間が排他的な利用権を取得できる特許とは無縁のものだった。
 しかし、たとえば「南」の国々で伝統的に利用されてきた薬用植物の成分を分析・解明することで「北」のバイテク企業は特許を取得し、その商品に関する排他的な利用権を手に入れることができる。「南」の 国々で伝統的に栽培されてきた作物の遺伝資源を利用して品種改良を行うことで、「北」のバイテク企業はその独占的な利用権を取得することができる。
 もちろんこのような遺伝資源の囲い込みに対しての反発は大きかった。(「南」の国では実際にそのようなことが起こっているのだ)。そのうえ、多様な遺伝資源を長年にわたって管理・保存してきた 「南」の地域コミュニティーへの正当な対価もなく、開発された種子や医薬品は逆に「南」の人々が購入しなければならないのだ。
 このような行為が「バイオパイラシー」と呼ばれて、様々な批判を受けてきた。

生物多様性条約を巡る「北」と「南」の攻防

 生物多様性条約は1992年6月、リオで開かれた地球サミットにおいて「気候変動枠組条約」と共に作成され、93年12月に発効した。 「生物多様性の保護」というそれ自体としては異論のありえない目標を掲げていたにもかかわらず、生物多様性条約の交渉作業は難航した。その背景には、このバイオ・パイラシーをめぐる南北間の対 立がある。生物種が豊かで遺伝資源が偏在している「南」の国々と、バイオテクノロジーを国家戦略として位置付け遺伝資源の囲い込みを目指す「北」の国々との対立は激しかったようだ。
 結果として生物多様性条約には、「遺伝資源を提供した途上国に対して、これらの資源を利用する技術についてのアクセスおよび移転のための、適切な措置がとられるもの」とし、「私企業がこれらの 技術移転を進めるよう、適切な政策がとられるものとする」という表現が盛り込まれていた(米本昌平「地球環境問題とは何か」 岩波新書 1994)。要するに「南」の遺伝資源を利用したバイオテクノロ ジーから生ずる利益を、「南」の国に還元しなければならないという「南」の国々の意向を配慮した内容であった。
 しかし、その結果皮肉なことに最大のバイオテクノロジー推進国であるアメリカは知的所有権への配慮不足を理由に条約の締結を拒否した。アメリカが批准していないこの状態は現在もなお続いている。

その後の生物多様性条約
〜そして、カルタヘナ議定書へ

 生物多様性条約が再びクローズアップされたのは、このカルタヘナ議定書だった。この議定書は遺伝子組み換え作物などの国際取引の 増加に伴って、環境に悪影響を与えることを防ぐため、遺伝子組み換え作物の輸出入の手続きを定めることを目指して2001年1月に合意に達した。
 ここでも遺伝子組み換え作物の輸出国グループ(米、豪など)と厳しい規制を求める途上国やEUグループが対立し、交渉作業は難航した。マイアミグループは生物多様性を守るために導入される措 置が、遺伝子組み換え作物の新たな貿易障壁になることを嫌っていたのだった。
 カルタヘナ議定書は遺伝子組み換え作物に関して「予防原則」を導入すること、輸入国の同意をもってはじめて輸入できるようにすること(事前協議制)、など画期的な内容を含んでいるといわれてい る一方で、この議定書がどれほどの実効力を持っているのか疑問視する声も大きい。世界最大の遺伝子組み換え作物の生産を誇るアメリカは生物多様性条約を批准しておらず、WTOとの関係も不明確だ からである。

経済のグローバリゼーションと生物多様性条約
〜WTOとの関係は? 

 WTOと生物多様性条約はいくつかの部分で衝突しているが、WTOは紛争処理機構を持ち独自制裁が可能であるため、WTO協定と生物 多様性条約が衝突する場面では、WTO協定が優先される傾向があるようだ。
 WTOにおいて知的所有権を扱っているのは「TRIPs協定(貿易関連知的所有権協定)」であり、その中では生物特許による開発者の排他的な利用権を認めている。しかし、これは「南」への利益還元を 果たした生物多様性条約の規定を無視するものであり、その不整合がNGOなどから指摘されている。また、LMOの輸入規制にしてもWTOでは各国基準のをWTO協定にハーモナイゼーション(整合化)するこ とが求められており、「予防原則」を理由にした各国独自の輸入規制が貿易障壁とされる可能性も否定できない。

リオから10年後へむけて

 生物多様性条約とWTOとの衝突は、まさしく環境と経済の論理(グローバリゼーション)との衝突でもある。GATTのウルグアイラウ ンド妥結、WTOの成立とリオからの10年間で経済のグローバリゼーションは加速度を増して進展していった一方で生物多様性条約はアメリカの批准も得られない状況が続いている。
 このような状況を踏まえて、最近の欧米のNGO活動家の間では、「生物多様性条約」や「気候変動枠組条約」など国際条約で環境を守ることを絶望視する傾向も強いと聞いている。そのこと自体の賛否は ひとまずおいておくとしても、このような生物多様性条約の現状を見ている限り、1992年のリオで生まれた国際環境条約が強い実効性を持っていない現状は否定できない。2002年のリオ+10に向けて生 物多様性条約をどうするかは、国際環境条約のあり方も左右する大きな課題であるのだろう。 

(文責:白岩健)

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生物多様性

 地球上に存在する多様な生物すべてに違いがあること。大きく「生態系の多様性」「種の多様性」「種内の多様性」の3つに分けら れ、微妙なバランスの上に成り立っているが、人間活動の拡大による野生生物の乱獲や生息地の破壊などにより、危機に瀕している。そのため、1992年に「生物多様性条約」が策定され、重要な地域・ 種の選定及びモニタリング、国家戦略の策定などが規定された。これを受けて日本では95年に「生物多様性家戦略」が政府決定され、生物多様性センターが設置されている。

生物多様性条約

 1992年5月にナイロビで採択され、93年末に発効した国際条約。 生物多様性の保全、生物資源の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ公平な配分を目的とし、生態系、種、遺伝子の3つのレベルの多様性の保全を明記している。先進国の資金 により開発途上国の取り組みを支援する資金援助と、先進国の技術を開発途上国に提供する技術協力など、生物多様性を保全するための具体的な仕組みが規定されている。また、各国が協力して生 物多様性に関する調査研究を行うとしている。

レッド・データブック

 絶滅のおそれのある野生生物などの生息状況等の動向を取りまと めた資料で、IUCN(国際自然保護連合)が1994年に採択した、減少率等の数値による客観的評価基準に基づくカテゴリーに基づくレッドリストに従って編纂される。日本でも、数値評価可能なデータが得 られない種が多い等の理由から独自のカテゴリーを策定し、日本版レッドリストとレッドデータブックを作成、見直し、公表している。

ミティゲーション

 干潟や沼地の埋め立てなどの開発行為が、生態系や自然環境に影響を及ぼすと考えられる場合、事業者が開発による悪影響を軽減 するために取る補償措置や代替措置のこと。わが国では開発の対象となる生態系の持つ機能を他の場所で代償する行為をこう呼ぶことが多い。アメリカでは特に湿地保全のためにミティゲーションが利 用されているが、事業の見直しや規模の縮小も含んだ重要な概念となっている。

ワシントン条約

 1972年の国連人間環境会議での勧告を受けて、国際自然保護連 合(IUCN)や米国政府などが中心になって作成し、73年3月に採択された国際条約。野生動植物の国際取引の規制を、輸出国と輸入国が協力して実施して採取や捕獲を抑制し、絶滅のおそれのある野 生動植物の保護を図ることが目的。条約の附属書(I〜III)にあげられた動植物やその製品を国際取引する場合、一定の条件の下に発給される輸出許可書を輸出国から取得し、輸入国に提出しなけ ればならない仕組みになっている。99年末現在で、145カ国が加盟している。

ラムサール条約

 1971年にイランのラムサールで開催された国際会議で採択された 国際条約で、正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」。各締約国がその領域内にある湿地を指定・登録することで、水鳥の生息地として重要な湿地と、そこに生息す る動植物の保全を促進することが主な目的。2000年1月現在で、全世界の条約登録湿地数は118カ所、総面積約7,280万haで、日本は1980年に加盟し、北海道の釧路湿原、宮城県の伊豆沼・内沼、 千葉県の谷津干潟など11カ所が登録されている。第8回締約国会議は2002年にスペインで開催される予定。

WTO

 1995年にGATT(関税・貿易一般協定)から引き継いで発足した 貿易のための国際機関。ラウンドという集中交渉期間を設け関税の引き下げと国内規制等の均一化を目指す。2000年11月にはシアトルで次期ラウンドを立ち上げるための閣僚会議を開いたが、環境NGO や労働団体の反グローバル化の動きに押され、新ラウンド立ち上げに失敗した。次回閣僚会議は2001年11月にカタールで開かれる予定。

 


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