【レポート】広島の石炭火力発電所建設に対する現地調査

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<はじめに>
今、温室効果ガス排出による気候変動や資源の枯渇、原発事故などにより化石燃料に頼ってきたエネルギー事情に変化が必要とされ始めています。
その中で期待されているのは太陽光発電、風力、バイオマスといった再生可能エネルギーです。しかし再生可能エネルギーにも大規模な太陽光発電施設開発で森林伐採が行われたり、放射性廃棄物を多く含むバイオマスの利用などまだあまり知られていない問題もあります。

電力小売り事業者を選べるようになった今、大切なのはエネルギー、主に電力をコンセントから流れてくる当たり前の物としてとらえるのではなく、コンセントの向こう側をみつめること、そして私たちが使っている電力がどのように作られているのかを知り責任をもって選ぶことだと思います。このレポートを通して電力生産地の一つの現実をお伝えできればと思います。

私達アシードジャパンエネルギー政策チームは1960年代以降に相次いで石炭火力発電所建設案が上がった広島県芸南地域を訪れました。当時の地元住民の反対運動の背景や反対運動を行っていた方々の想いを知ることができる地域だったのです。

現地調査は2018年8月3日~5日の3日間の日程でアシードジャパンのメンバー4人で行いました。実際に建設が行われた竹原火力発電所に訪れたほか当時最前線で反対運動をされていた地元住民の方へのヒアリングを行いました。また、現在農業を営む若者やIターンで大崎に来た夫婦へのヒアリングなど様々な角度から地域における石炭火力発電所を眺めることが出来ました。

<訪問先の紹介>
今回私達が訪れた場所とそこでのヒアリングをご紹介します。

【a.大崎発電所】
広島県第一の都市である広島市と第二の都市である福山市の中間に位置する中国電力の石炭火力発電所です。
2000年に1号機が運転を開始したが2002年以降機械のトラブルが相次ぎ、2011年より現在は稼働休止中。2号機は2008年に建設計画中止。

大崎発電所建設の際に反対運動をされていた松田さんと田房さんに当時の様子についてお話をお伺いしてきました。
田房明美さんのご両親は先祖代々受けついで来た土地で長年みかんの栽培をしていました。日当たりや水はけなどの条件も良く、田房さんの名前の付いたみかんは高く値段がつけられおいしいと有名だったそうです。しかし大崎発電所建設計画により田房さんご一家はその土地から立ち退きを迫られました。当時、高齢化が進み土地を管理できなくなる心配やオレンジ輸入自由化の影響で経営に苦しむみかん農家など、石炭火力発電所建設に対して賛成の住民が過半数だったといいます。しかし田房さんはご両親の生きがいであり誇りであるみかん作りを続けられないこと、先祖代々受け継いできた土地を手放さないといけないこと、公害による健康被害の心配を理由に反対運動を始めました。反対する田房さんたちに対して中国電力、行政の対応は無理矢理にでも土地を奪おうとひどいものでした。発電所計画を推し進めたい町役場勤務ということもあり、職場での立場上の葛藤や、近隣の賛成派住民から畑の蛇口を出しっぱなしにされるなどの嫌がらせを受けながらも、仲間と共に直接町長に抗議に行ったり、田房さんの土地を一部反対派で分け所有する、いわゆる「一坪運動」を行ったりするなど戦い続けました。最終的に大崎発電所は建設されるに至りましたが、反対運動の甲斐があり、大崎発電所の規模も当初の計画の半分ほどになり、田房さんのご自宅だけ飛び地のようにして計画地から外されることとなりました。

松田宏明さん: 学生時代に大崎発電所建設反対運動に参加。学生という立場から反対運動を引っ張っていった。
田房明美さん: 元町役場勤務。先祖代々受け継いできた土地の立ち退きを迫られ、誘致を推し進める役所に所属しながらもご自身の「悪いものは悪いという」という信念を守りご両親、ご主人と共に反対運動の先頭に立つ。

【b.竹原火力発電所】
竹原市に位置する火力発電所。
1967年に一号機が稼働開始し、1974年には2号機、1983年には3号機が稼働を開始しました。現在、1号機を立て替えている最中で、2020年に稼働開始の予定です。

竹原火力発電所では一般に受け付けられている内部見学に申し込み、運営会社担当者より施設の案内を受けました。

ビデオでまず竹原火力発電所の沿革、構造について説明を受けた後、実際の現場を案内していただきました。しかし、通常なら見せてもらえるはずの場所を「本日はバタバタしているので」というあいまいな理由で見せてもらえず、桟橋という石炭の積み下ろし場所の近くを見学させていただくことになりました。
ビデオの中では竹原火力の環境への取り組みも詳しく説明されていました。3号機は出力70万キロワットと、当時日本最大規模の石炭火力発電で、それに伴い環境保全設備も最大規模のものが導入されたそうです。脱硝装置や環境保全設備の導入、他国より厳しい環境基準の設置などの点で、電源開発は環境にいち早く取り組んできたとビデオでは紹介されていました。エネルギー革命以後も石炭による発電を続けてきた理由として、石油より長期的にかつ安定した価格で手に入れられるのが石炭であると、石炭推進側の意見がよくわかるビデオでもありました。
原発事故の発生もあって火力発電のニーズが高まる一方、パリ協定のような国際的に温暖化に向けての決まりが作られ石炭火力発電廃止の気運が高まっているのが現在の世界の流れです。そうした中で、新たな石炭火力発電所の建設が始まり、将来40,50年使われようとしている、それはつまりこの新規発電所が使われなくなる可能性もあるのです。それについての対策について伺ったところ、現場レベルでは2020年の運転開始目指して今作業が進んでいるとの回答が返ってきました。一方バイオ混焼という発電方法の取り入れも行っているそうです。石炭火力発電所はどこに向かっているのか、今回の見学は疑問も残し、引き続き竹原火力発電所を含む日本の石炭火力発電所の動向を追っていきたいと思わせる結果となりました。

竹原火力発電所は芸南地域でも初期にできた発電所です。当時、竹原火力発電所周辺では有害物質で汚染された大気の影響で農作物や養殖の魚、人の健康にも様々な被害が出ました。この被害はそのあとの大崎、竜島などで出された建設計画反対運動の根拠ともなりました。

【c.竜島発電所計画跡地】
龍島の火力発電所の計画が出されたのは1973年でした。この前年の72年は第一次オイルショックが起こり石油に代わる代替エネルギーとして石炭への期待高まっていたのです。しかしそれに対して同じく72年は四日市公害裁判の判決や近隣の安芸津町での養殖カキのカドミウム汚染問題が起き、全国的に公害に対する意識が高まった年でもありました。そうした中、竜島近隣住民も公害を恐れて環境調査の反対などの運動を行いました。それでも中国電力や県の力により計画は進められていきました。一方地元住民も、自分たちの大切な地元の自然・農業を守ろうとあきらめませんでした。彼らは建設の条件となる地元説明会をなんとか阻止しようと会場周りを住民で囲みなんと説明会を中止に持ち込み、建設計画の無機延長へと繋げました。

当時反対運動を行っていた中市後さんと望月さん、そしてお父さんが運動をしていたという有田さんにお話しを伺ってきました。
有田さんは昭和57年生まれの35歳。ジャガイモ農家で育ち、県外の大学で農業を学んだ後アメリカでの実習を経て現在は地元赤崎でジャガイモ作りに従事していらっしゃいます。有田さんの農園では30人ほどの従業員をもち、積極的に県外の人を迎え入れたり体験農業も行ったりしています。有田さんご自身はお父さんから発電所の計画があったことや反対運動があったことについては話を聞くことはほとんどないとおっしゃっていました。また、高齢化で農作業の出来る人口の減少を身に染みて感じている有田さんとしては地域を今後も残していくためには経済的にも発展させていかないといけないとして、新しい施設や企業が入ってくることは受け入れていくべきだとお考えでした。
中市後さん、望月さんは松田さん、有田さん(父)と共に反対運動に関わっていました。お二人のお話からは、石炭火力発電所建設だけに関わらず生活の中の不合理や矛盾に目を向け自ら考え動いていくという信念が伝わってきました。「昔も今もいつも人々の心を揺さぶり、間を引き裂いていくものはお金だった」とおっしゃっていたのが印象的でした。

【d.栽培漁業センター】
1960年代後半の乱獲や海の汚染による漁獲量の低迷打破を目的に1982年に竹原火力発電所の第2灰捨て場の一角で操業を開始。鯛や鮎の親魚から産卵させ稚魚、養魚にして放流するまでの中間育成をしています。
対応してくださった山根さんは広島県の水産課のご出身でH11年からの3年間とH29から現在まで栽培漁業センターにお勤めされています。栽培漁業センターは立地としても操業開始時期としても石炭火力発電所との関わりは大きいかと思われましたが実際は特に関係はないそうです。海から海水を取って浄化した水を使っているため海水の水質が悪いと影響を受けますが、隣の竹原火力発電所などの影響は気にしておらず現在建て替えが行われている新1号機についても特に反対はしていないということでした。

【e.有田園芸農場】
有田さんのご実家の農場で花苗や野菜苗、ジャガイモを中心として様々な野菜が作られています。農場の方にも訪れて出荷前のジャガイモなどを見せて頂きました。

【f.農家レストラン西野】

地元のお母さん方が運営するレストラン。自家製有機野菜、瀬戸内海でとれた魚にこだわった健康的で心が温まるようなお店です。
有田さん、望月さん、中市後さんと共に訪れました。

【星と陽】
東京からIターンで大崎に来られたご夫婦が切り盛りする地元のお魚を使ったレストラン。
私達もランチの定食をおいしくいただきました。

<最後に>
エネルギー消費地にいる私達が石炭火力発電を見る時は、二酸化炭素の大量排出・資源の枯渇という観点から見ることが多いと思います。しかし生産地の方々としては公害や土地の問題といったもっと自分たちの今日の生活に差し迫る物であったということが今回の現地調査で分かりました。
これは数十年前だけの話ではなく、現在の石炭火力発電所新設や大規模再エネ施設建設に対するものにも当てはまることだと思います。このレポートが、普段当たり前のように使っている電気が生産地でどのように作られているのかについて考え、自らの使うエネルギーを選ぶきっかけとなれば幸いです。

この現地調査は環境再生保全機構地球環境基金の助成を受けて行ないました。

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http://www.aseed.org/admission/

(ライター:まなみん)

2019-03-24